朝日新聞記事より=かむ・ひっかく 犬や猫から細菌「高齢者ら感染死の例」

先だっての、加藤元名人の猫の餌やり裁判の問題が出たが、私は、『近いうちに、別の猫や犬を排除しやすくするための記事が出るだろう』と確信していた。
これまでも、多頭飼いなどの問題が明るみに出たのち、さりげなく、科学的な根拠らしいものに基づいた風な記事が出ていたからだ。それらは、根拠らしいものではなく確かな根拠であり、基づいた風なものではなく、明確に基づいたものであるかもしれないが。

これがどこかの団体や誰かの意図によるものなのか、たまたま同時期に報道されただけのものなのかはわからないし、知ろうとも思わないが、残念なのは、生き物たちがもってる細菌や感染があるかもしれない危険性の問題と、猫や犬の安易な排除を悲しむ問題とは本当は別のこととして語られるべきはずなのに、同時期に前後して報道されたことで、一部の人たちに、『猫や犬は病気のもとだから、排除や殺処分は正しい』という意識、考えを結果的にすり込んでしまう、ということだ。


この二つの報道が続いたことで、結果的に、かってのナチスや日本軍がこうして災いの種を蒔き、多くの人にその芽を食べさせたようなことになるのは確かだろう。
でもこれらにとらわれないことだ。気づかぬことだ。いじめや弾圧を跳ね返す最大の力は、すべてを許すこと。それができなければ気づかず疑念をもたぬことだ。