ある子猫の不思議

今年はじめからしばらくの間、夫が地元の病院に誤嚥性肺炎で入院していた。その間に車の下によってくる猫と友達になった。気をつけてみると、どうやら病院の隣りの倉庫のような場所で飼われている猫のようなのだが、私から見ると独特の飼い方をされいつもおなかをすかせて誰かからごはんをもらうのを待っているようだった。
私は友達になったので、友達のために毎日ごはんを病院と離れた砂利置き場に運ぶようになった。場所を別のところにしたのは、病院ではいろいろな病気の人がいるわけだから、動物が身近にいつくのはよくないのではないかと思ったからだ。


あれから半年以上経っており、夫も別の病院に転院をして6月末には自宅に戻っているのだが、そういう期間も今も夕方暗くなった頃、砂利置き場に通っている。
・・・この帰りのある日のことだ。病院の近くの空き地に、小さな三毛の子猫がたたずんでいるのを見た。幼さに「捨てられたのかなぁ〜」と胸が痛み放っておけなくなった。子猫だからうちのほかの猫と慣れる可能性はあるし捕まえられたら思い切って連れて帰ろうと思った。そこで車を止めてフードを置いた。


でもその三毛猫はその後姿を見せなかった。(やっぱり生き抜けなかったか・・・)と沈んだ。ところが半月ほどして少ししっかりした身体になってその子猫がいたのである。模様からあの子猫に間違いなかった。以後ちょくちょくあらわれ、私の車を見ると反応する。だが用心深くて手の届くところまではこないので、気長にフードをやり続けることにした。


そういう日が三週間ほど続いた頃、その三毛の子猫がぷっつりと姿を消した。心配でならなかったがどうしようもなかった。
そしてそれから一週間ほど経った日のことである。三毛のいた場所から一キロほど離れた森のわきの道路沿いに、三毛の子猫が依然と同じような風情でたたずんでいたのである。私の車が近づくと、その子猫も、「あ!」という感じで駆けてきた。フードを出すと、以前と同じ距離を保ってよってきた。小さな子猫が一キロも散歩をするわけはないので、明らかに捨てられたに違いないと確信し、この時なんとか捕まえようとしたが森の茂みに逃げ込んでどうにもならない。
仕方がないので、やはり長期戦でいこうとそこにフードを運びはじめた。夜、子猫の森に近づくと、道路際で小さな光がふたつ見えて、「あの子猫が待っている!」と胸がつんとするのだった。


が、不思議はこれからだ。
ごく最近のことになるのだが、その子猫が、以前の場所と、森際の道と両方に現れるのである。距離は確かに一キロある。子猫は現在は三ヶ月ぐらいと思えるのだが、三ヶ月の子猫が一キロの場所を行ったり来たりするのだろうか? 私は不思議でならないのだが、ま、どちらにいてもフードを運ぶことだけは変わらなかった。

そして一昨夜のことである。前の日は森の脇にいた子猫が、道路わき最初の空き地の近くにいる。「神出鬼没な猫ちゃんだねぇ〜」と感歎の声をあげながら車を降りてフードを持って近づくと、「ニャァニャァ」と答えるではないか。その上いつもより近くに来る。『なんだかいつもの子猫と違うゾ?』と思い、街路灯の明かりを頼りにしげしげと見つめた。近くで見ると、思っていたより身体が大きいと思った。三毛の模様もなんとなく違う気がする。私は狐につままれたような気分になり、首をひねりひねり、いつもの病院以来の友達猫にフードを運んでそのまま家に向かった。


すると、森の脇のところに、小さな光がこちらを見ているのがわかった。「あれ? 子猫は今夜は森の方にいる。ではさっきの猫はなんだ?」。

この謎を解くべく、多忙でぶっ倒れそうだというのに、私はさっき子猫の森のあたりに調査に行ってきた。
ジャーン! 解明したのである。
森に一番近いお宅の方に訊ねてわかったのである。
子猫は、病院の近くの空き地隣のお宅の三毛猫が産んだ猫の一匹で、私が訊ねた方がもらい受けたというのである。そしてその双方のお宅は親戚のような間柄で、時々、子猫を前のお宅に連れて遊びにいくのだそうである。
私が子猫と間違えたでもちょっと違う感じがした猫はお母さん猫だったのであった。


全ての謎が解けてほっとして帰ったのであるが、ナンカ疲れた。こういうほかの人は多分しないだろう苦労を、いつもいつもしょってしまってあたふた疲れる自分に愛想がつきそうである。この性癖がなかったら今ごろ多少の出世をして楽に生きていられただろうに。(ため息・・・)