「猫を償うに猫をもってせよ」というブログの「死の絶対性」を読んで

http://d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/20090628


このブログの記事から、時々、強烈な清涼感に射られることがある。「死の絶対性」もそうであった。
私はうじうじとした生き様をし、私なりの経験や思考、希求を経て、「あの世」を信じている。
小谷野さんのこの記事に打たれた今も、その実感は薄まらない。私はほぼ60年前に死んだ継母と継母が産み三日後に死んだ弟明のことを片時も忘れることができず、あの二人が仏の懐に抱かれて幸せにしている、ことを感じていなくては生きられなく、それが私の土壌になっている。


でも、小谷野さんの「死の絶対性」の清らかさになんともいえない気持ちになった。