今だから明かせる大晦日の大変事=緊急事態勃発

思い出しても背筋が凍る。本当に恐ろしかった。


12月の中旬、犬のノノの様子がおかしくなった。元気がなく咳が出て食欲を失っている。病院で検査の結果、フィラリアがいるとわかった。昨年は、フィラリアの予防薬を飲ませる時期に、夫が繰り返し入院するなど大変な状況であったために、犬たちの世話がいいかげんになっていた。ノノの状態はその結果が招いたのであった。


ノノに治療薬を出していただき、他の犬たちにも三ヶ月間予防薬を飲ませることになった。ノノは診察していただいた日に注射をし、後、毎朝夕7種の薬を飲まし、他の犬の予防薬は、最初に一粒づつ飲ませておき、二週間後にそれぞれの体重に合わせたものを飲ませる、という指示であった。


まずノノに、三日後変事が起こった。咳がひどくなり、ぐったりという状態になる。ノノは注射後から夜間はヒーターを置いた玄関に入れて温かくしているので、そのまま様子を見ていっていた。
そして、他の犬たちの二回目の服用が大晦日の日であった。この時、出されている薬に記入されている体重がちょっと気になった。18キロの犬三匹、16キロの犬二匹、10キロの犬三匹・・・とあったのだが、我が家の犬は18キロにはなっていない。でも、多少の体重の違いは大丈夫、ということであったので、私は気になったことをケロリと忘れて朝のうちに飲ませていった。これまでもフィラリアの予防薬は毎年飲ませてきて、一度も悪いことは起こったことはなかった。


ところが、である。
夕方の食事を配る時に、まず、南側の庭にいるタロウとオリョウとリーが、食事に全く関心を見せず、蹲っているのである。リョウは、呼ぶと立ち上がったのだが、私の顔を避けてしおしおとした様子である。タロウはベランダと書斎の下側になる部分にもぐって出てこない。リーも同じだ。
この時点でもまだ私は薬のせいだなど思いもせず、三匹が喧嘩をしてお互いに怪我をしたのだろうか、と思った。それで、リョウの身体をさわってみたが外傷はない。そして床下に這って入り、タロウを無理やり引っ張り出してタロウの寝場所のサンルームに戻し身体を調べた。やはり傷はない。リーも同じである。


やっと、『薬だ! これは危ない!』と察した。
急いで他の犬たちの様子を見たのだが、なんと、エム、ママシロも危険な兆候が出ていた。
すでに夜になっている。明日から正月だ。どこの病院も連絡すらとれないだろう。とにかく、温かくしておかなくてはと、タロウのいるサンルームにリョウを入れる。リーはお気に入りの床下から頑として動かず、ここにはフカフカの古絨毯と毛布を敷いてあるので、その間に使い捨てカイロをいくつか挟んでおく。


玄関の方に、これまでのノノと年寄りのプンとママシロを入れる。エムは、いつもは古絨毯をしいたサンルームの床下に、兄弟のタァとお姉さん格のミルとで寝るのだが、具合が悪いと一匹だけでいたいらしく、犬小屋の奥で蹲っているので、そこに夫が使っていた毛布を入れカイロをはさむ。サンルームの方に入れたかったのだが、エムは神経質で、タロウとリョウがいるのを見てどうしても嫌がるので仕方なかった。


あとサンルムの猫たちは、食堂に移す。
こうやって、大晦日の夜はふけていったのである。ほどなくタロウ以外のリョウ、リー、エム、ママシロは、顔色がよくなっていくのが見えた。犬の顔色がなぜわかるのだ、しかも夜中に。と思われる方がおられるかもしれないがわかるのである。感覚的にはっきりわかる。


だが、タロウは、身体を横に倒した形で、四肢がピク、ピクと痙攣を起こし始めた。これまで事故や病気や老衰で息絶える犬が見せてきた症状である。
とんでもないことになってしまった、首に首輪が食い込み、やっと救いこれから長生きさせたかったタロウ(http://www1.odn.ne.jp/~kaze2005/tarounorirekipage.html)を、こんな死に方をさせてしまうのか、と可哀想で無念でならなかった。


ところが、すでに新年になった明け方近く、タロウの目がパチっと開き、首をひょいと上げて、キョトキョトとあたりを見回したのである。この時の喜びはなかった。もう号泣である。


こうして新年が明けたのであった。


ここで言明しておかなくてはならないことがある。この事態を招いたのは、全て私のせいである。
実はこの薬は安価であった。「随分安いですね」と言ったら、先生は、「犬がたくさんで大変でしょう。安い薬にしておきました」という意味のことを言われたのである。これは本当に先生の真心であった。私は安価であったことを心から感謝した。昨今出ている薬はとても高価であることを私は知っており、経済状態が深刻なので実は内心、「どうしよう・・・」と心配でならなかったのだ。立て続いてきた夫の入院費用は高額であったし、これからも続く検査、薬費用のことがあった。
そうした私の内情を察知されての純粋なご好意であるのがわかっていた。
そして何より、犬の体重があわないとわかった時、きちんとそれを言って、量を減らす指示を受けるべきだったのだ。私に薬に対する危機感がなさ過ぎた。


私は人間関係においては神経質な面が強いが、それ以外のことに関して本当にズボラでどうしようもない。だから何事が起こっても乗り越える、ということなのだろうが、今回のことでつくづく現実を見通すことをしなくてはと思い知った。(何度も別の出来事でこう思うのだがすぐに忘れる)


ということで、今回の騒動、思い出すとぞおっとするのであるが、でも一方で、すごい幸運の訪れであったと思う。
そうに違いない、今年の年のはじめは輝ける光に溢れている。なにしろ、あの危篤状態と言っていいだろう危機を、全部の犬が乗り越えて今ではいつも通りの元気いっぱいぶりを見せてくれているのだから。