アライグマの死

昨日の正午近くのことである。私は例によって三匹づつ犬の散歩をしていた。最後の三匹を連れて道路に出たところで足を小石につまづかせてどおっと転んでしまった。三匹の犬のロープが手からはなれた。「あ、行くなっ、待ってーっ!!!」と呼ばまこそ、三匹はこれ幸いと私のことなどおかまいなしあっというまに姿を消してしまった。


私はズボンの転んで破けた隙間から見える血のにじむ足の痛みをこらえて、三匹の行った先にむかって、ドタドタヨボヨボとながら走っていった。と、森の手前の一軒家の庭先あたりで緊迫したうなり声が! はぁはぁと息をきらしながら近づくと、成猫よりやや大きいぐらいの生き物とリーがにらみ合っている。やや離れてプンとママシロがおり、ママシロは私の姿を見てこちらに近寄ってきた。すぐにロープをとり、わきの木にひっかけておく。とにかく生き物から犬たちを遠ざけなくてはいけない。


最初は木立の陰になっていて生き物の全体がわからなかったのだが、リーをつかまえようと木立ちをかきわけたら、その生き物の背中と腹部いったいが脱毛しているのが見えはっとなった。いつか第一の森の猫の食卓にしている犬小屋の中にいたアライグマではないか、と思ったのだ。あの時はシルバー色に見えたが、リーに狙われている生き物は茶色系統で、やはり顔はアライグマっぽい。あの時は懐中電灯の光でシルバーに見えたのかもしれない。
きっとあのアライグマだ。と余裕などないのにそんなことを考えながら、リーを懸命にけん制した。


が、活動力旺盛の年頃のリーに私の牽制は通じず、またアライグマもリーも木立の中動くので私がついていけず、ついにリーがアライグマに襲い掛かっってしまった。アライグマは本来強いらしいが、身体の半分以上を脱毛しているということは弱っているのだろう、猫のうなり声のような必死な抗戦をしていたがあっという間にリーの牙にかけられてしまった。リーはそれを銜えて移動をしようとする。私はそばの棒切れをひろってリーにアライグマを放させようとするが、リーは銜えたまま笹薮の群生の中にもぐりこんでしまった。私もそのまま入っていく。胸ほどの高さに伸びている藪をかきわけかきわけ、リーがもぐっていった笹のゆれを見失しなわないようにいく。藪から出たところで、リーがアライグマを放して、再度牙にかけようとしているところに追いついた。棒を振り上げてりーをいったん追い、アライグマを抱き上げた。


ここは犬たちを遠ざけようとするより、アライグマを抱いて守った方がいい。アライグマが生きているのがわかった。アライグマは私の腕を前足できつくつかんだのだ。
犬たち、と書いたが、プンといつ来たのかタロウまでいたのだ。ママシロはロープを木にひっかけられて、ギャンギャンわめいている。そしてりーとプンとタロウは、私が抱き上げている異種の生き物を奪おうと、私に飛び掛らんばかりになっている。それを足で蹴散らして、私は家に向って走った。息が止まりそうであった。ヒューヒューと息がもれる。


家に着くと、アラグマをケージに入れて、猫のいないのを確かめ、私が現在書斎にしている部屋に置いた。こうしてひとまず安全な状態にした後、しばらく息ができにくくなり座り込んでいたほどであった。が気を取り直して外に出て犬たちを一匹づつつかまえた。
この間、まさに強烈なハリケーンに襲われたような心地であった。
それから、夫を車に乗せ、ホームセンターに行く。アライグマを入れる大型のケージを買いに行った。今後のことは後で考えるとして、アライグマを放っておくわけにはいかない。とりあえず出来るだけ大きなケージが必要だと思った。


現在の私の経済状態は最悪で、実は大きなケージを買える余裕はなかった。100x50x50を二つ縦に繋げるタイプを、夫の一ヶ月の入院代金の支払いのためにやっと捻出したお金で購入。入院費の支払いは15日まで待ってもらうしかない。


それにしても、犬を放す結果にしたことで大変な事態を起こしてしまった。アライグマに詫びようがない。



この背中。まるで象の肌のようになっている。ネットで検索すると、アライグマはストレスで脱毛症になることがよくある、と書いてあったが、飼われている間にこうなったのだろうか。古い噛みあともついている。捨てられて犬に襲われながら毛が抜け続けたのであろうか。どんなに辛いだろう。せめて元気な状態で保護してやれたらどんなによかっただろう。本当にむごくかわいそうなことをした。



水とキャットフードとチーズを置いていたら、チーズとキャットフードを少し食べ、水をたくさん飲んだ。



この日は日中は暖かかったが、夜になると冷えてきた。検索をしても、アライグマは冬にはどうしてやるのが一番いいのかわからない。脱毛している身体だからほどよく温かいのがいいに違いないと、パネルヒーターをそばにおき、複数の古セーターの中にホッカロンを入れて敷いておいたら、その上で眠っていた。

夜になって、はっと思ったことがあった。アライグマがリーに襲われた場所に、誰かが捨てたたくさんの柿があったことと、その柿がしばらく捨てられたままの形になっていたのが、最近何かが食べているらしい、カラスがつついた感じではない、あの柿の傍で襲われたということは、アライグマは柿を食べにきたところをやられたのではないか、と。それで、家に一個あった柿をむいておいたら、こうして近づいてきた。そしてむさぼるようにきれいに食べたのである。


11日になって、アライグマに柿を食べさせてやりたいと思い、夫をともないスーパーに行ってやわらかい柿を選んで買ってきた。帰るとすぐに皮をむき、小さく切って皿に入れてケージに行ったら、アライグマは息がなかった。


病院に行くべきだったかと、悔やんでいる。病院に行かなかったのは、地元の病院は休みで、別の病院に電話をかけ、様子を話して診察していただけるかと訊ねたら、診るまでもなく安楽死をするべきだ、と言われた。そういえば、何年も前だが、道路をさまよっていた重症とわかる犬を保護し、病院に連れていったら、「入院を」と言われ、お願いして帰ったことがあった。その犬は翌日迎えに行ったら、「死んだ」と言われた。安楽死をされたのだと察知した。私が保護したからには守るつもりだった、と泣いたが獣医師にはその気持ちは通じなかった。
もうあの思いはしたくない、とアライグマを自分で治してやりたいと思った。だが叶わなかった。思い上がった己である。