相棒「還流〜悪意の不在」

夫の状態が快方に向かっていたので、私は安心して「相棒」を観る。でも、始まる前、一抹の不安が。前の晩眠っていなかったので、病院から帰ってきて犬たちや猫たちにごはんを配り、では自分の食事を、というところにはもおお眠くて眠くて眠くて、食事などどうでもよくなりぐったり状態になってしまったのだ。こんなでは、どんなに好きな「相棒」だって最後まで観れるわけはない。

でも観れたんですね、これが。前編が放送された先週にも書いたけど、全編丁寧に物語の筋と人間が愛をこめて描かれていて感情移入ができた。そうなると睡魔はいつの間に退散する。


そこで感想を。でも先週からの続きなので、書きやすくするために、先週の感想をここにもってきておこう。

おなじみの津川雅彦扮する衆議院議員の瀬戸内米蔵が開いた政治資金集めのためのパーティが行われているホテルの一室で、東南アジアで井戸掘りの支援に熱心に取り組んでいたNGO職員兼高(四方堂亘)が惨殺される。このパーティに、杉下右京こと右京さん(水谷豊)と亀山薫こと薫ちゃん(寺脇康文)が出席していた。

薫ちゃんは、兼高がエレベーターに乗ったのを偶然見かける。薫ちゃんと兼高は高校生時代からの友人で、薫ちゃんは、兼高が日本に帰ってきていたことを知らなかった。『知らせてくれればいいのに』という思いとともに、薫ちゃんは兼高が10階の1006室に部屋をとっていることを確かめる。フロントから電話をしてもらうが出ない。1006室を訪ねる薫ちゃん。だがやはり応答がない。仕方なくパーティ券の裏に、『こら、帰ってきたなら連絡ぐらいしろ』(うろ覚えで正確な文面ではない)と書いて、ドアの下に差し込んでおく。この間に、兼高は殺されたか、少なくとも犯人が部屋にいたかもしれない。煩悶とする薫ちゃん。

右京さんと薫ちゃんは、捜査を開始する。ホテルの廊下についているビデオカメラがとらえていた映像から、犯人らしき男の確認と、エレベーターを降りて、1006号室に入った男と、出てきてエレベーターに乗り込んだ男が、服と持っていたカバンは同じだが別人であることを見抜く。1006号室を予約していたのは兼高ではなく、別の人間が職員になりすまして予約していたこともわかる。

ここから殺したと思われる男、小笠原(西岡徳馬)を任意で警察に連れて来るところまでわかる。右京さんの小さいところをも見逃さない洞察力と推理力は健在であった。

また映画のような丁寧な作りで、全体の世界観が調和がとれて感情移入ができやすく、とても見ごたえがあった。
二時間スペシャルの上に来週に続く。どんなどんでん返しが待っているか、どんな大物政治家の悪事が暴かれるのか、見所いっぱいだ。

先週書き漏らしたが、瀬戸内米蔵津川雅彦)のパーティは、東南アジアの腐敗した政治のために、生まれてきても栄養失調の母親のお乳が出ず、飢えて死んでしまう赤ちゃんや、こどもたち、女、老人たちを、時間の猶予は無く今救わねばならない、その支援のために使うお金集めのものであり、実際に懸命にそうした東南アジアのある地域で、井戸を掘り、人々と生活をともにする兼高とつながりがあったのである。


その兼高がなぜ殺されなければならないのか?
薫ちゃん(寺脇康文)は留置場(刑務所?)の小笠原(西岡徳馬)に土下座をして「教えてくれ」と頼む。
暮れなずむ刑務所の建物の横を茫々とも見える苦悩の表情を見せながら歩く薫ちゃん。
この二つのシーンの寺脇康文の真情のこもった表情に打たれた。こんな清潔と純粋を湛えて深い哀しみの演技の出来る俳優がほかにいるだろうか、と思うほどひきこまれた。


結局、東南アジアに届いた支援物資は、政府の腐りきった高官が巧妙に自分たちのものにし、次々に飢えて死んでいる人々のところには何一つ届かない。そのからくりを兼高が知る。知られては困る関係者の一流商社の有能な社員、小笠原が口封じのために兼高を殺したのだ。・・・とわかる。
だが、右京さん(水谷豊)は、殺しの現場(小笠原の所持品?)に残っていた、シンガポール、空、というメモと、小笠原がナイフで兼高の首を切って殺す時に身につけていた高級なオーダーしたフォーマルスーツから、それ以上の奥にひそむ真実を暴く。
”血で汚れるとわかる殺しをしようというのに、なぜそんなスーツを着ていた?”
シンガポール、空、のメモの空は、そらとは限らない、から、とも読む?”
この日は瀬戸内のパーティがあった。・・・このことと二つの?を繋げて、右京さんには事件の全貌が見えてくるのだ。


支援物資は、東南アジアに届く前に、コンテナの荷物は日本におろされていたのだ(この解釈は間違いでした。文の最後を見て下さい)。つまり、荷物はから、の空であったのだ。兼高はそのからくりを知り、それに関わった商社をゆすったのである。最初に電話した時、「シンガポール、から、と言ってもらえばわかる」と言って、小笠原を電話に出させたのである。
この時点で小笠原は、「兼高を殺さねばならない」と決意する。このからくりの首謀者は瀬戸内だったのだ。その秘密を守らねばならない。そして兼高を日本に帰らせるために、瀬戸内にあわせる、と言っておびき寄せ、秘書と偽って兼高を部屋に入れ殺した。この日は瀬戸内のパーティの日だ。秘書なら上等なフォーマルスーツを着ていなければならない。・・・こうして右京さんの頭脳によって暴かれた真実。どいつもこいつも自分の欲望のために、東南アジアのこどもたちを利用していたのか。なんという欲深き悪者だ。


と、これで終わらないのが相棒である。
真実は、黒幕の瀬戸内も、殺人者の小笠原も、脅迫者の兼高も、悪意は不在であったのだ。

そう、瀬戸内は、日本がいくら支援物資を送っても、飢えたこどもたちを救うことにはならないのを知っていた。そして、その国の腐りきった政府をどうすることもできないのも知っていた。それなら、確実にこどもたちを救う手段をとるしかない。支援物資を奪い、それを金にかえて、こどもたちを救っている団体に寄付をするのだ。支援をしている団体や個人にもろくなものはいないことはわかっている。だが、真実、救おうと懸命に働いている団体と個人はいるのだ。その人たちに託すのだ。
その瀬戸内に応えたのが小笠原であった。(商社そのものは?)。小笠原もまた、自分の懐にいれたりなどしていなかったのだ。


ラスト、薫ちゃんは一人、東南アジアの荒野の道をジープで走り、亡き兼高の家に向かう。そこには、結婚したばかりの兼高の妻がいるはずだった。
家につく。そこは、学校であった。運転手が片言の日本語でいう。「カネダカは、自分の貯金を全部使ってこの学校をつくった。もっともっと作りたいといっていた」。

コンテナがからのからくりに気づき、小笠原をゆすろうとした兼高も、自分のお金にするためにゆすったのではなく、東南アジアの学校にも行けないこどもたちのために学校をつくるために、お金が必要だったのだ。そのお金を得るために、小笠原をゆすった。この時兼高は、小笠原の真意を知らなかった。支援物資を奪って儲けている悪い奴と思ったからこそゆすったのだ。


学校から出てきたたくさんのこどもたち、その後ろにたたずむ、清らかな表情の女性。兼高が愛する妻である。


薫ちゃんの堅く結ばれた口元。溢れる涙。何も言わず、女性の瞳にむかって深い礼をする。
このシーンの寺脇康文を私はずうっと忘れないだろう。


註:私の感想文中の筋書きに、間違った解釈をしている部分がありました。そこのところを↓枠のように指摘して下さったコメントがありますので、それをここに出させていただくことで訂正とします。いいかげんですみません。

日本でコンテナの荷物は降ろされたって書いてますが。コンテナの荷物はシンガポールで下ろして、シンガポールで支援物資をさばいてたんですよ〜。日本で降ろしちゃったら「シンガポール、空」が矛盾します。支援物資はシンガポールで下ろされて”空”の船をサルウィンに送ったから、兼高はシンガポールからのコンテナが”空”だったんだとメモりました。
それと、小笠原が還流された不正なお金を懐に入れなかったなんて話は一度も出てませんよ〜。「自分も悪党だが」と、本人だって言ってるし。あるいは東南アジアへの太いパイプを見込まれて瀬戸内に協力しただけで、懐には入れなかったかもしれないけど、作中では明言されてないんで断言できません。