二十九回 天璋院篤姫

家定(堺雅人)の死をめぐるそれぞれの女性たちの形。

幕府の政策上、将軍の死は一定の期間公に出来ない。大奥を取り仕切る年寄の滝川(稲森いずみ)は、篤姫宮崎あおい)と家定が真に心を通じ合っていた夫婦であることをわかっており、篤姫の心中を察して規則を破り、他の誰にも明かさないことを条件に、篤姫には特別に家定の死を告げる。


茫然自失の篤姫篤姫は容易に夫の死を受け入れられない。だが、家定の生母の本寿院(高畑淳子)と側室の志賀の方(鶴田真由)に黙っているのは辛いと思う。最愛のものの死を知らぬままでいたことに自分が苦しみ、それを二人が味わうことは耐え難い悲しみなのだ。
そのような事態であることを知らず、本寿院は家定が政務で忙しいと信じて息子の健康は大丈夫かと気にしている。その場にいる側室の志賀は、何かを感じ取っていた。

そして志賀は、篤姫に直接向かい合う。家定の死を明かす篤姫。やっぱりと衝撃と失意に落ちる志賀。志賀は、御台様は、お身体のお弱い上様が表の政務の激務にあたっているのを心配されなかったのか。気遣って配慮をされていれば、ご他界されることはなかったのではないか。御台様をお恨みします、と涙ながらに責める。


この場面と、髪をおろして大奥を去る時の篤姫に挨拶をする場面の鶴田真由は、篤姫とは違った形でひとつの愛をつらぬいた、だがついに自分は家定を慰める存在ではあったが真に愛されてはいなかったことを知る人間の厚みと美しさを凛と発揮して素晴らしいと思った。「御台様は、公方様に愛されたではありませぬか・・・」と言う眼差しの綺麗さ。鶴田真由にしかできない役だったと思う。


志賀に告げた後、篤姫は、「今度は母上様に・・・」と言い本寿院の館に急ぐ。本寿院の衝撃と絶望は、「そなたが毒を盛ったのであろう」と篤姫に烈しい怒りとなって出る。花でさんざん打った後、腕立を振り上げる。必死で止める幾島(松坂慶子)や本寿院の御付たち。篤姫は、伏したまま、「止めるな」と言う。夫を亡くした妻の悲しみすら例えようもなく深いのに、こどもを亡くした母の嘆きはそれ以上だ、という意味のことを言う。腕立を放り泣き崩れる母。母は息子の死を受け入れようとしない。その母の本寿院に、万感の悲しみと慈愛をもって篤姫はきっぱりと言うのだ。「お亡くなりになったのです」と。この時、篤姫もまたはじめて夫の死を受け入れたのではないだろうか。


本寿院の高畑淳子の悲しみの姿は涙をそそる。この人はこれまで、『演技はうまくて安心して観れるけど、意地悪な根性がある人と思えないので、どうもしっくりしないなぁ』というものがあったのだが、この場面の絶望と悲しみに打ちひしがれる迫真の演技は凄いものがあった。


篤姫には、家定に毒を盛ったというまことしやかな説もあるというので、それを無視はできないだろうし、どのように描くのかな、と思っていたが、ここで本寿院に言わせ、また篤姫自らに、「志賀の言う通りじゃ。上様をハリスと会わせるようにしたり、お世継ぎの問題で上様を巻き込んだ。それが上様のお命を縮めたに違いない。私がお命を奪ったようなものじゃ」言わせている。


滝川の稲森いずみは、完璧な美しさと冷たさを能面のような面で表現し、毎回存在感があるが、特に先週から、篤姫人間性に揺れる情感に一瞬表情が変わるところを見せ、説得性が強まった。
幾島の松坂慶子も抑えた演技で印象的だったし、この回は、女性たちを丁寧に真摯に描いて見応えがあった。


篤姫は、志賀の言葉から、家定の遺言のような言葉、「慶福(松田翔太)の後見人となり、政治(まつりごと)の補佐をしなさい」を思い出し立ち直っていく。そして、井伊直弼中村梅雀)を呼び、そのことの話し合いをしようとするのだが、直弼は、「そんなことははじめて聞きました。大奥の御台様がまつりごとに口出しするなど聞いたこともない」と一蹴する。直弼の狡猾さに一瞬すくむ篤姫。鈍くねちっこく光る直弼の目。ときは安政の大獄に向かっている。
いやでも来週が待たれるではないか。