夫が他界してから・・・・・山猿

私はかわった。無理をしなくなった。
なんに対して無理をしなくなったかというと、世間という人間に対してだ。

家庭の維持を、世間の価値観に合わせてちゃんとしなくてはいけない、とずいぶん無理をしていた。いうなれば、猿が無理して人間をやっていた、というくらい無理をしていた。


昔、こどもの頃、父親が事業をはじめるために東京へでていった。私は祖母と村で暮らしていたのだが、ある時父から祖母に、私の写真を送れと手紙がきた。
祖母は、「今日は写真やさんがくるけんな、学校からもんたら、よそに遊びにいかんと、ちゃんと家におってや」と私に言い聞かせ、よそいきの服を出していた。

私はそんな祖母の言葉を無視して、山や谷に遊びに行き、夕方家に帰った。
大きな四角いカメラをかついだ写真やさんと祖母が、「おお、もんてきた!」と言って、私を家の横に立たせて撮影した。
出来上がった写真は、服は普段着のままで足は裸足にわらぞうりをはき、おかっぱの頭はざんばらで、顔の色は焼けて真っ黒で、目が怒ったように光っていた。

父はその写真を東京でみて、「なんじゃ、山猿じゃないか」と言ったそうだ。そして仕事関係の人に見せるのをためらったという。

そうなんだ、私はもともと山猿だったんだ。・・・夫が他界して、本来の姿に戻ったのだ。猫や犬と話さない日はないが、人間とは何日も言葉を交わさないことがある。


でも、心のうちの底深くに、本当に困っている人の声に感応する自分でいたいと思い続けているよ。ただ黙っているだけで。