強欲者

私は物質や栄達には執着がないのだが、自分の思いや考えや感受性を、自分がとらえてると同等に他者にわかってもらいたいという執着心が強い。それを自分で覚るにつけ、『私はなんという強欲者だ』と思う。


私は他者に対して、たいがいお人よしで気がいいように振舞うが、それは、実際にお人よしで親切心もなくはないのだが、強欲のなせることの方が強くあると自覚することがある。
そこのところで、ある時期まで、私自身の強欲に相応しい強欲者につきまとわれる現象があった。その人たちは、私がその人たちの思うようにならないと、強欲をむきだして、あることないことを言い立てた。その頃、私は自分の悲運、不幸を嘆いたものだ。
でもそれらは全て自分の強欲が引き寄せたものだとわかってくるようになり、強欲者につけいられることはなくなった。


現在の私は、自分と、自分に寄ってきていた者の強欲の残骸を整理しているところにいる。結構大変な作業だが、強欲の渦中にいた頃の苦しみに比べたらヘノカッパだ。

このような物の書き方、強欲者の証そのものだゼ。