胃ろう

ここ数日、心が塞いでならず、とても深刻な疲労感に苦しんでいた。
夫に胃ろう処置をすることの結論を出さなければならないぎりぎりのところに来ていたからだ。


夫の病気の経緯を順次伝えていた医学者である夫の兄に苦衷を訴えたら、「胃ろうをするべきじゃないか。もししなかったらまた誤嚥性肺炎を起こすだろうし、そうなると体調はもっと悪くなる。医師の決定を信じて任せたらどうだ。Tもその方が楽になると思うよ」ときっぱりと答えた。それで決意をした。


それなのに気持ちが晴れないのは、自分の至らなさ、無能がこのようにしてしまった、という思いが胸の襞に染み付いて、常に苦いものがせりあがってくるのだ。「おまえのせいだ、おまえがもっとしっかりとしていれば」と。
それと、もし、失敗は1000分の1、いや10000分の1でしかない、という処置であっても、その1にならないとは限らない、という不安がよぎるのである。
なぜなら、私たちの(私)人生は、それが100000の1であったとしてもその1になってきつづけてきたからだ。良き方の1になることは皆無、絶無なのに。
・・・このことを私が大真面目に言うと、聞いた友人の全部が、「それにしちゃ、いつでもどこでも大きな顔してのうのうと生きてるじゃない!♪」と爆爆だけれども・・・・・。