年賀状

私は若い頃から年賀状が元旦に着くように出すことが殆どなかった。実際に年が明けないと書く気にならないのだ。
それでも数年前までは、きちんと気持ちを入れて出すべき人に出していた。
それがだんだん年賀状を書く、出す、ということが苦痛になってきて、四、五年前頃からは年賀葉書の購入もしなくなった。いただいた方には返事を出さねばと、三が日が終わってやっと売れ残った年賀葉書を買い、出していた。
一昨年から、ついにそれすらもしなくなった。


そして今年、届いた年賀状の数はめっきり減っていた。
「私の身のたけにはこれでも多いなぁ・・・」と思った。本当に今年の五、六倍はきていた頃、私は身の程を知らぬ人間関係をもとうとしていたんだなぁと思う。
家庭の中で自分の正当な自信を持つことができず、捨てていかれる猫や犬を抱え続ける生活になってから、対社会的にも自分の生き場のようなものが持てなくなり、そこに生じる無意識の不安が、自分を保とうとして懸命に人の中にいようとした、という気がする。だから人との付き合いが絶対値のようになっていた。


今思うと、「疲れるはずだ」と思う。私はもともとは一人でボソリとしていた人間だったのだ。
家庭で孤独で、外で無理をして、そして猫オバサンと蔑視されるようになっていった中で、うつ的な感覚を持たないでいられる方がおかしいというもんだ。


夫が退院して落ち着いてきた今日、「寒中見舞いを出そう」という気持ちになった。非礼を重ねている私に、今年も送って下さった友人たちの賀状を、一枚一枚ゆっくり見ていると、心の底から懐かしいような嬉しさがこみあげてきて、そうしたくなったのだ。
そして、自分がかなり深刻なネガティブ症状に長年悩まされていたことをカミングアウトした。・・・人から元気で前向きとに見えていたらしいから驚かれるかな。


思えば我ながらよく生きて頑張ったと思う。情報誌の記事を書く仕事についたのも、無意識にそれの克服を目指そうというものがあったのだと思う。
ふと気がついたら、生き返った、という感覚を覚えていた。
そう思った今、多くの人への感謝がじわじわじわじわじわじわとこみあげてくる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
補足(1/21):最近、鬱病だったという有名人の方の記事がよく出るようになり、それを読んで、私もそうだったんじゃないか、と思ったりもした。が、それは本当の鬱病を知らないからかもしれない。