思いつくまま

■介護30年
思えば父親も20年間入退院を繰り返していた。介護は継母がやっていたから、特に私は介護らしいことはしなかったのだが、でも20年間父の家に通った。多いときは一ヶ月に25日、少なくても週に一度。
やがて夫が脳梗塞で倒れ介護が必要になり、父親の見舞い介護と重なった日々が10年あった。

この間、私の暮らしは介護のほかに何をしていたかというと、家に捨てられはじめていた猫たち犬たちの世話、そして児童文学を書きはじめ年に二冊づつ本を出した。さいたまの芸術劇場でミュージカルの公演もした。脚本を書き演出をしたのだった。
今思うと、何であんなにエネルギッシュだったのだろうと不思議な気がする。
人は、私が本を書いたり公演をやたりしたことが印象に残っているようだが、私にはそれらのことは薄い。
私は猫や犬の問題と父親と夫の介護が重くて、自分の五臓六腑や毛細血管を蝕んでくる感触が耐えられず、別の社会的に価値がありそうなことをやってみることで自分を支えようとしていた、という気がする。

何年も前に父は死に、夫も生きててほしかったのに死んでしまった今、なにもかも身辺からなくしたい。そう思って、今日(22日)、文学関係や舞台関係の資料や本を捨てるべく袋につめた。ある時期まで結構お洒落だったので、服や装飾品もある程度あるのだがそれもみんな袋につめた。物品はいらない。なにもかもいらない。

早く家中の物品を整理して、家中をがらんとしたい。「土神と狐」の中の死んでしまった狐の部屋がそうであったように。


あの狐の死とがらんと何もなかった部屋を、まるで狐が虚飾で生きてきたような解釈をして、何もなかったことを”負”ととらえている人がいるが、そういう凡庸さ、無神経さを耐えがたく思う。解釈というより感受の問題なのだろうけれど。

そんな解釈こどもにするなよ。アホなこどもばかkりになるゾ。


■国母選手の優勝
スノボーの大きな試合で、国母選手が優勝されたと報道していた。よかったですね、おめでとう!!!


アメリカの医療保険制度の可決
このニュースをラジオで聞いたとき涙が出てしまった。いいに決まってる。


■生方議員の反乱
民主党の副幹事長を解任された生方議員が、街頭で道行く人に小沢批判をぶちあげておられるニュース。
政治家が自分の信念を貫くため、ひいては国民のためにに闘うというのは素晴らしいと思うのだが、生方議員の闘い方と経緯をニュースでみて、『このやり方は不毛ではないか』となにか痛々しい気がしてくる。誰か、徒花にしない軌道修正のような助けをしてあげなくていいのかな。行き倒れになられないか心配だ。(私は支持者ではないですが)

何があったか本当のことはわからないが、解任をして、なおこのまま知らん顔を決め込む人ばかりの民主党なのか。なさけない。それでも人間か。