福岡の三人の幼児が死亡した危険運転致死傷罪の高裁判決

20年という刑。苦しみながら死んだ小さなこどもがあまりにかわいそうで、また親の無念もわかり、最初に出た過失致死の7年の刑には憤りを覚えた。

今回の20年、というニュースを聞いた時には黙してうつむいてしまった。胸に棘のようなものがささった感覚。そして何日か経っている今もそれはとれない。私などにとうてい何かを言えることではない。

報道やブログなどで、いろいろな意見が出ていた。被害者の感情に寄りすぎて、厳罰化していく社会はどうなのか、という意見に、そう発言されることに尊敬を持ちつつわずかに頷く。

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昨年からの夫の肺炎の繰り返し、入退院の繰り返し、そして拘っていた胃ろうをついに造設。リハビリのための転院などなどを、逼迫した状況の中ですすめてきて、プレッシャーが重くてならなかった。
気持ちがせいてならず、そこから逃げるように、あるいは跳ね除けるように、落ち着かない気持ちの葛藤が続いている。

話し相手のいない私はブログを話し相手をするように、毎日とりとめのないことを書いている。読み返してみると、まるで、乾きかけの擦り傷の薄いかさぶたを爪で剥いでるようなものばかりだ。